*良い名前を見つけたら変えます*

期間工 大学生 英語 読書 筋トレ

人生の棚卸 4年生大学編入試験合格

高校時代

短期大学入学

短期大学休学 1年間

6ヶ月間 愛知県の工場で期間工

4ヶ月間のフィリピン留学

短期大学復学

就職

1ヶ月でクビ

4年生大学編入試験合格

事件起きる

1年間 愛知県の工場で再び期間工

4年生大学編入

卒業

就活

就職

現在
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前回の投稿から1週間ですかね。
まだ書くモチベーションはあるので早速書いていきます。

今回は「4年生大学編入試験合格」

話は順序を考えずに文章を書いています。笑 
短期大学卒業の就職、1ヶ月でクビはまたの機会に書きますのでどうぞよろしくお願いします。




まぁそんなこんなで1ヶ月で初めての職を失った私は、「英語以外にもう一つ自分の武器を見つけたい」と考えていました。

そんな時に興味を持ったのが「会計」でした。きっかけは「金持ち父さん貧乏父さん」というロバート・キヨサキさんが書かれた本です。


本の中に出てくる「ファイナンシャルインテリジェンス」(※この本を読んだことのない人ごめんなさい。)なるものを身に付けたいと思ったんですね。そうすれば、お金持ちにはならなくても、ある程度お金に困らない人生は遅れるんじゃないか、また、会計の知識は業界問わずどの会社でも必要な知識なので、「英語」にプラスする専攻としてはぴったりだと思いました。


(まぁ会計を勉強した今は、会計を勉強してもそんなことはないと気付きましたがね笑)

でもまぁその当時は、「会計を学ぶ」ことに前向きだった私は早速その場所探しをはじめました。

O原、TAっく、などの専門学校も考えましたが、結果的には「経営」、「マーケティング」、「会計」が三本柱となっている地元沖縄の琉球大学の産業経営学科という場所を選びました。
琉球大学・観光産業科学部・産業経営学科


理由は①国立なので学費が安い②一応、学士も欲しかった③会計以外にも面白い授業とかあったらそれも受講できるかも、等々ですかね。。


幸運にも、この産業経営学科は3年時編入制度というものを設けていまして、1、2年次で共通教育を終え、3、4年次で専門科目を学ぶ?という流れの学科になっており、短期大学を既に卒業している私にとってはピッタリのレールでしたね。




まぁ良い良いと言っても実際には編入学試験を受け、合格しなければいけないわけで、その日から私の編入試験の勉強が始まりました。

試験は①試験日を設け、社会科学についての小論文を2時間?程度でかく。②試験日を設け、教授3人との面接③英語のスコア(英検やTOEIC)の3つの基準でできていました。


正直③があったことは幸運でした。
高校留学、短期大学で英語を勉強していた当時の私は英検準1級、TOEIC955点を持っていたので、そこは心配なし。
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しかし小論文、そして面接は全然自信がなかったです。なので、「そもそも社会科学って何?会計、経営って何?」ってところから勉強をはじめました。

勉強期間は5月〜10月の約5ヶ月間。まぁまぁ勉強したのですが、試験当日まであまり自信はありませんでしたね。。。

まぁでも、私の一つの考え方として「力をためる時期(勉強でも何でも)はネガティブ思考でよし、しかし、力を発揮する時期(試験当日など)がきたら、ポジティブ志向で、自信を持って」というのがありまして、試験当日は小論文も面接もドヤ顔、ちょっと自信過剰、くらいの姿勢で臨んでいましたかね。。。笑


小論文の題目は「東芝の不正(粉飾決算)はなぜ起きたのか?経営的な視点から述べよ」的なものだったと思う。
面接も「この学部に入って何を勉強したいのか」とか「沖縄の現状についてどう思う?」とかなんか色々喋ったと思う。今振り返っても面接の内容は特に思い出せない。まぁあんまり深いことは喋ってなかったのかな、と思う。笑


受験生は14人いて、枠は4人。
https://www.u-ryukyu.ac.jp/wp-content/uploads/2019/03/66h29special-entrance.pdf

結果は「合格」でした。
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まぁこれまで勉強なんてしたことなかった(実際に英語に関しても座学を始めたのは21歳)私は、まぁまぁ喜んでいたと思います。

まぁ喜んでいた、というよりはホッとした気持ちが一番でしたかね。。。


受験期間の5ヶ月は実家にいたわけで、親もまぁまぁ応援してくれていたわけで(これまで勉強に興味ない私が大学に行きたいなんて言い出したもんで)、周りの友人にも編入試験を受けると言っていたわけで(おそらく当時の友人たちは俺が受かるなんて思っていなかったんじゃないか、なぜなら本当に勉強とは無縁のそれまでだったので。)、、、、、



あ〜書いてたら少しずつ当時を思い出してきた。。。 そうだ、ホッとしてました。

実際に「合格」を一番に伝えたのは父親だった。理由はわからん。多分、母親に最初電話したけど取らなかったのか?、どうなのかわからないけど、、、




まぁ、そんなこんなで春からは4年生大学生になることになった。当時は22歳。


今でのこの成功体験は自分の中での小さな誇りかな。腐っても国立。
実際に卒業した今の私からしたら琉大なんて全然大したことない、と思っているけども。心の底から 笑





それでも何かにチャレンジして、努力して、これまで勉強してこなかった自分に辟易したり、意味わからん!俺の頭ではわからん!と変に突っ張ったりしてたけど、、、

今振り返れば、まぁまぁ頑張ったじゃん、自分、、、って思いますね〜。はい。