*良い名前を見つけたら変えます*

期間工 大学生 英語 読書 筋トレ

人生の棚卸

高校時代

短期大学入学

短期大学休学 1年間

6ヶ月間 愛知県の工場で期間工

4ヶ月間のフィリピン留学

短期大学復学

就職

1ヶ月でクビ

4年生大学編入試験合格

事件起きる

1年間 愛知県の工場で再び期間工

4年生大学編入

卒業

就活

就職

現在
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自分の人生の棚卸も兼ねていろいろ振り返っていきたいと思います〜。

今回は【高校時代】

高校は地元の一番近い高校に通った。

特に目標や夢というものもなく、なんとなく、高校に通うのが普通だと思っていたからですね。

唯一楽しみにしていたのは、中学から始めたサッカーくらいですかね。。その高校のサッカー部も3学年でそこそこ?70人くらい?はいる部活だったので、まぁまぁ大きい集団だったと思う。

実際に入部?して練習をしてみると全然面白くなかった。なぜかというと、私の思い描いていたサッカーとは、仲の良い友人たちとワイワイ楽しくやるサッカーだったから。

なんか、知らない人たちとやってるサッカーがつまらないと感じてしまった。加えて、小さい時から無意識なのだが態度がでかい(らしい、自覚なし)のが理由で高校でも面倒くさい先輩たちに絡まれましたね。

そこで黙ってヘラヘラしているタイプでもないので、まぁまぁ強気の姿勢で対応しました。そしたらそこにいた4〜5人の先輩たちが黙っちゃったので、これで「ツマンネ〜」に拍車がかかりそのままフェードアウト。

なんかその後、部活の顧問と止める理由について少し話した記憶もあるようなないような。覚えていないので、多分「やめます。」、「わかった」くらいのやりとりだけだったと思う。

そっから唯一の楽しみもなくなった私は、放課後に中学時代の友だちや、出来立てのフットサル同好会で楽しく遊んでいました。

まぁそれでも「何かないかな〜、面白いこと」的な姿勢でいた私はふと、「あ、アメリカにでも留学するか」と考えその勢いで親に相談。

母親は大賛成、父親は大反対。

母の大賛成は、彼女のお姉さんがアメリカ人と結婚して、いとこもアメリカにいるし、お金は出すからいってきたら。的なかんじ。

父の大反対は、「高校もたまにいかなかったり、休日も寝て、遊んでばっかりのお前が急に何をいってる。現実逃避じゃないのか。」的なかんじ。

まぁ色々あったけど、結果的にはアメリカに交換留学制度を使って留学することになった。

その時は17歳で、今から9年前、当時は色々な感情があったかと思うけど思い出せない。多分、実際の留学経験が濃ゆかったからだと思う。色々思ってたことがあってもその近くに濃ゆい記憶があるとその前後のことは思い出せない、的な感じなのでしょうか。


アメリカ編についてはまた記事を改めます〜